見上げた俺の目に・・・豆粒のような銀色のおもちゃが写る
晴れ渡る青い空に、真っ直ぐ伸びる飛行機雲

水面には・・・陽の光がきらめいて
防波堤の突端で、のんびりと竿を垂れる人の影が一つ


「見てみて〜珪くんっ!」

駆け寄ってきたの手のひらに・・・貝殻
綺麗に巻かれた貝は、薄い珊瑚色をしていて
海の中から届いたプレゼントに・・・喜ぶの頬に似て

まるっきり子供なんだな・・・・おまえは

そう思うと・・・が可愛くて、俺はの頭を撫でた
は、悪戯っぽく笑うと・・・手に持った貝を俺の頬に押し付ける


「ん?」

「なんでもなぁ〜い」

目を細め・・くすっと笑う
なんでもないけど・・・幸せな時間を俺たちは抱きしめている



「ねえ、珪くん」

「ん?」

「今ここで、キスしてくれる?
でもね、誰にも見られちゃいけないの」

「え?」

「それでね、それでね
珪くんは、今ここでキス出来なかったら、もうずっとキスできないの
どんなにキスしたくても出来ないんだよ、って言ったらどうする?」

「どんなにキスしたくても・・・出来なくなるのか?」

ニコニコと、丸い目が俺を見上げる
は・・・・俺に意地悪をするのが大好きで
時々・・・無理難題を俺に振りかけて楽しむ


「うん、私のことすっごく好きでも「ちゅー」ってできなくなっちゃうの」

「それは、困った」

「でっしょう!困った困ったぁ!」


だいたい・・・・実際にこの場でを引き寄せてキスをすることくらい
俺にとっては・・・なんの「ためらい」もない

だけど、波間に揺れるウィンドサーフィンの帆の数は30を超えて
海岸では・・・俺たちと同じような恋人達が数組
いくら俺が平気であろうと・・・「誰か」は俺たちを見ているだろう


「さぁ〜珪くん、どうする〜?」


おまえは繋いだ手をぶんぶん振り回す
足元が砂浜じゃなかったら・・・きっとスキップする

きっと俺にはその方法はない

はそう考えているに違いない
そんな風にに「負けて」やるのも一考
普段の俺なら・・・多分それで満足だったろう


でも、この海の音・・・潮の香り
照りつける・・・真夏のような眩しい光

二人できた、久しぶりの旅行
この時間を「楽しむ」余裕くらいあってもいい



「そうだな・・・・にキスできなくなるのは困るから
俺はここでおまえにキスしなければいけないということだ」

「うんうん」

「でも、誰かに見られてはいけない・・・」

「うん、見られたら、人魚姫は波に消えて行ってしまうの」


人魚姫・・・

俺の姫が・・・いつから人魚になったのか解からないけれど
こんなに嬉しそうなを見るのは久しぶりかもしれない
俺はそんなことを考えていた

旅行の計画を言い出したのは
もちろん、それにあわせてスケジュールをつめてこの日を迎えた
普段なら・・・いいたい事の半分も言わないおまえを
海へ連れて来れた・・・・
の笑顔は・・・そんな俺への何よりのプレゼントだと思う



・・・」

「なぁに?」

「砂浜に座るのは、嫌か?」

「ううん、大丈夫」

俺はを座らせて・・・
自分はの前に跪き手を取ると
さっきが拾ってきた巻貝を手のひらにのせた


「貝殻・・・・耳に当てるとどうなる?」

は右手で耳元へ貝を運んだ


「・・・波の音がする」

「ん・・・、目・・・・とじて」

は頷いて目を閉じた


「これから俺の話しをじっくり聞けよ」

「うん」

俺は・・・の左手を取ったまま話し始めた




「昔々・・・海の中に美しい娘がいました
娘は海の仲間達と楽しく日々を暮らしていました
周りにいる魚も、珊瑚も、海老や貝たちも
娘のことが大好きでした

何故ならば、娘の心は清らかで
仲間達を大切にして、何事も偽ることを知らず
優しさに満ち溢れていたからです

そんなある日
海の中に・・・一人の人間が落ちてきました
その人は、その国の王子でした

王子は海の中で意識を失い
深い深い闇のそこへ落ちてゆきました

海の仲間達は、人が落ちてきたことで大騒ぎでした


「どうする!
このままじゃ、しんじゃうんじゃないか!?」

小さな魚には、王子を助けるすべはありません
海底の珊瑚にも、王子を救うことはできません
だから、仲間達は娘に頼みました


「たすけてあげて!」

「きっとちゃんならできるよ!」

娘は王子を抱え上げ・・・
危険を承知で水の上の世界へ王子を戻してやりました

ごつごつとした岩場で、意識を取り戻した王子は
目の前で心配そうに自分を見つめる娘をみました


「あなたが、私を助けてくれたのですか?」

娘は答えることが出来ませんでした
ただ、小さく頷いて・・・海の中へ消えていきました

海に戻った娘を、仲間達が出迎えます
そして勇気をみなで称えました


その日から、毎日、王子は岩場へやってきました
自分を救ってくれた娘に、王子は恋をしたのです

来る日も来る日も、王子は海の中を見つめています
そして、海の中でも同じように、王子を見つめている娘がいました
魔法使いのおばあさんが、そんな娘に言いました


「人間を好きになってはいけないよ」

「わかっているの、でも」

「おまえさんは海の中でしか生きられない
人間は海の中では生きられないんだよ」

その言葉に、娘はぽろぽろと涙を流します
そして涙の粒は、キラキラと光る真珠になりました

涙の粒は、幾つも幾つもあふれ
海の底は、真珠の絨毯がひかれたようでした
涙する娘を海の仲間達は心配そうに見つめます

「どうしてそんなに泣いているの?」

「悲しいの?辛いの?」

娘は首を横に振るばかりでした
困り果てた魚が言いました


「おばあさん、お願い、ちゃんを助けてあげて」

「魔法使いのおばあさん、お願いだよ!」

魔女は涙を流す娘に聞きました


「願い事をかなえてやろう
その代わり、おまえの大切なものを一つ引換えにもらうよ
それでもかなえたい願いがあるのかい?」

娘は魔法使いのおばあさんに伝えました


「あの人と話しを出来る声をください」

魔法使いのおばあさんは頷き呪文を唱えました
すると、娘の身体は激しい海流に飲まれ
王子が待つ岩場へ打ち上げられたのでした



「ようやく会えた」

海が大きく盛り上がり、娘が目の前に現れて
王子は思わず娘を抱きしめてしまいました
驚いた娘は 「きゃっ」 っと声を上げました
魔法使いは、娘に声をくれたのです


「あなたが私を助けてくれたあの日から
美しいあなたへもう一度会える日を願ってずっと待っていました
どうか、今日こそはあなたのお名前を聞かせてください」

王子の問いかけに、娘は答えます


です」

「なんて美しい名前でしょう」

王子はの手をとって、手の甲にそっと口付けました


「これからずっと、私のそばに居てくれますね」

王子が聞くと、娘は頷きました
そして、嬉しくて嬉しくて
その喜びを、海の仲間達に伝えようと、海面を覗き込みました

ところが・・・・

海の中は真っ暗で、みんなみんないなくなってしまったのでした
そこで、娘は初めて気づきました
声を受け取った娘は、大切なものを失わなければいけませんでした
魔法使いが奪ったのは、娘の大切な「仲間達」だったのです」





は、そこまで聞いて目を開けると俺を見つめた


「ひどいよ、珪くん、可哀相だよ
そんなに悲しいお話・・・」

「ん、だから、もう少し、俺の話しを聞いてろ」

俺はの頭を撫で、続きを話し始める




「娘は泣きながら、これまであった事を全て王子に話します
そして自分の願いが叶ったことを呪いました
大切な仲間達を引換えにしようとは、思ってもみなかったのです
だから娘はもう一度魔法使いのおばあさんに願いを頼もうと強く強く念じました

海が大きくうねり、魔法使いのおばあさんが現れました
娘が泣きながら、仲間達を戻して欲しいと頼みます


「私の声をお返しします
だから、みんなを元に戻してください」

けれど、魔法使いは頷いてはくれません


「おまえの願いは一度きいたんだよ
二度目の願いをかなえることは出来ないんだよ」

王子は、魔法使いに言いました


「それならば、私の願いなら叶えてくれるのですか?」

魔法使いのおばあさんは、王子に言いました


「願い事をかなえてやろう
その代わり、おまえの大切なものを一つ引換えにもらうよ
それでもかなえたい願いがあるのかい?」

王子は頷いて言いました


「海の中を元の世界に戻してください」

魔法使いは頷くと、呪文を唱えました
すると、太陽から伸びた一筋の光が海を照らし
海の中には、娘の大切な仲間達が戻ってきたのです


「ありがとう、みんなが戻ってきてくれたわ!」

娘は喜んで王子の方を振り返りました
王子も嬉しくて、娘を抱きしめるのでした


「でも、あなたの大切なものが、何かなくなってしまったはず・・・」

王子は頷くとそっと目を開けました
そこには、光を受け取ることの出来ない瞳がありました


「まさか・・・、目が見えなくなってしまったの?!」

王子は頷き言いました


「魔法使いは、私から大切な光を奪った
これで、私はあなたの美しい顔を見ることが出来ない

けれど、本当に大切なものを奪うことは出来なかったのです

私は、あなたを二度と見ることが出来なくても
この腕で抱きしめることが出来るのですから」


そして二人は、海と陸の両方の仲間達を大切にして
末永く幸せに暮らしました・・・・」



話し終えて、俺はを引き寄せて・・・
その唇にそっとキスをした


「珪・・くん」

俺は目を閉じたまま、を抱きしめた


「キス・・・できたぞ」

「あ・・・だ、誰も見てなかったの?」

「さあ・・・どうだろう
王子は光を奪われて何も見えない・・・
でも、を抱きしめることが出来たんだろ?」

「珪くん・・・」


俺は、甘えたようにもたれかかる温もりを抱きしめた
が出した難しい問題
でも「ゲーム」は俺の勝ち・・・


人魚姫の話しは・・・本当は悲劇だけれど
こんな風に・・・愛を伝える王子がいて
ハッピーエンドになるのもいい・・・そう思ってる


綺麗に巻いた貝殻からは・・・海の音が聞こえている
俺たちの旅は、これから・・・始まる




END





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